河野純喜 さんは、奈良県内でもトップレベルの進学校として知られる奈良県立郡山高校の出身です。
偏差値67の難関高校で、サッカーでは全国大会出場を果たしており、まさに文武両道の学生時代を過ごしていました。
エリートコースを歩んでいた河野純喜さんですが、最終的にはアイドルという道を選びました。
では、なぜ河野純喜さんは安定した進路ではなく、厳しい芸能界を目指したのでしょうか?
そこで今回は
・河野純喜さんの出身高校は偏差値67の進学校!
・河野純喜さんはなぜ超エリートがアイドルの道を選んだ?
について解説します。
河野純喜の出身高校は偏差値67の進学校!

河野純喜さんは奈良県内でもトップクラスの偏差値67レベルの難関・奈良県立郡山高校出身です。
郡山高校は難関大学への進学実績も多く、奈良県内でも有数の進学校として知られています。
偏差値67の進学校出身らしい秀才ぶりとは
河野純喜さんが通っていた郡山高校は、偏差値67の進学校です。
偏差値67クラスの進学校に通っていたことからも、高い学力を持っていたのがわかります。
難関大学を目指す生徒も多く、奈良県内でもレベルの高い学校として知られているようです。
サッカーで全国大会へ出場
河野純喜さんは、進学校でありながら強豪サッカー部でレギュラーを勝ち取り、全国大会出場しています。
学業と部活を両立してきた経験が、今のパフォーマンスにも生かされているのかもしれませんね。
河野純喜はなぜ超エリートがアイドルの道を選んだ?

河野純喜さんが安定した進路ではなくアイドルの道を選んだ理由は、何度オーディションに落ちても歌への夢を諦めきれなかったからです。
歌を真剣に学ばないまま、高校生の頃に一縷の望みに賭けてオーディションを受けたけれど、やっぱりダメで。高校3年生になって『今からレッスンなんて無理やな…』と、大学受験をしました。
出典:JJ
河野純喜さんは、高校時代にいろんななオーディションに何度も挑戦していたようです。
歌を生かせるオーディションを見つけてば応募して、不合格を何度も繰り返して結果が出ない事に悩みながらも挑戦していました。
挑戦するすればするほど
自分には向いてないのかもしれない
俺には才能がないのかも
という思いが、少しずつ大きくなっていったようです。
河野純喜さんは郡山高校を卒業してから同志社大学へ進学しました。
そして就職先として一流企業の楽天の内定をもらっていました。
エリートコースで安定した将来が見えて中でも、アイドルへの夢を捨てきれずにいたようです。
「大学時代はモヤモヤしてて、でもやっぱりやりたいって。本当に最後の最後のチャンス」と当時の心境を振り返った。
出典:モデルプレス
そんなモヤモヤを抱えたまま迎えたのが、「本当に最後の最後のチャンス」となるサバイバルオーディション番組の「PRODUCE 101 JAPAN」です。
河野純喜さんにとって、「これでダメならきっぱり諦めよう」と自分に区切りをつける挑戦でもありました。
PRODUCE 101 JAPANは6000人が応募した番組で、11人組グローバルボーイズグループJO1(ジェイオーワン)を決めるオーディションです。
河野純喜さん6000人の中から、101人が放送される本選に楽天の内定を辞退してまでして出演しました。
河野純喜さんは、何度も不合格になっても夢を追い続けたその覚悟が、現在のJO1での活躍につながっているのかもしれませんね。
まとめ
河野純喜さんは、奈良県内でも進学校として知られる奈良県立郡山高校出身で、その後は同志社大学へ進学しています。
高校時代は勉強とサッカーを両立し、サッカー部では全国大会出場も経験するなど、文武両道の学生生活を送っていたそうです。
そうした努力を積み重ねてきた経験が、現在の安定感あるパフォーマンスにもつながっているのかもしれません。
大学時代には大手企業の楽天から内定していいた事など、安定した将来も期待されていました。
それでも、「やっぱり歌を諦めたくない」という思いを捨てきれず、最後の挑戦として「PRODUCE 101 JAPAN」に参加してます。
最終順位9位で選ばれ、JO1としてデビューをしてます。
これからの河野純喜さんの活躍に期待したいですね。

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